パパ・タラフマラ パパタラ ファイナルフェスティバル『三人姉妹』の稽古場にうかがった。
パパ・タラフマラは1982年の発足以来、表現のジャンルや国境などの「あらゆる境界線」を越える新しい舞台芸術を日本から世界に発信するパフォーマンスカンパニーとして、30年で55の作品を制作。世界30カ国以上で公演し、大きな反響を起こしてきた。
2012年3月、パパ・タラフマラは30年の節目を迎えると同時に、その歴史に幕を閉じる。そこで、2011年12月〜2012年3月までの4ヶ月間、"パパタラ ファイナルフェスティバル"と題した解散公演を開催。代表的な旧4作品を上演する。本公演を通じて「パパ・タラフマラとは何であったのか?」を、お客さんと共に問い直す。
パパ・タラフマラは1982年の発足以来、表現のジャンルや国境などの「あらゆる境界線」を越える新しい舞台芸術を日本から世界に発信するパフォーマンスカンパニーとして、30年で55の作品を制作。世界30カ国以上で公演し、大きな反響を起こしてきた。
2012年3月、パパ・タラフマラは30年の節目を迎えると同時に、その歴史に幕を閉じる。そこで、2011年12月〜2012年3月までの4ヶ月間、"パパタラ ファイナルフェスティバル"と題した解散公演を開催。代表的な旧4作品を上演する。本公演を通じて「パパ・タラフマラとは何であったのか?」を、お客さんと共に問い直す。
スイスツアー前の稽古では『三人姉妹』全編通して公開された。全てをボーダレスに活動するパパ・タラフマラらしく、三人姉妹のドラマを手ぶり身ぶりで表現し、シンプルでわかりやすい。また、直接感覚に訴えかけるパフォーマンスは非常に刺激的だ。
終演後も感動の余韻が尾をひくように感じた。パパ・タラフマラのパフォーマンスを生で観れるのは最後のチャンスなので、ぜひ劇場まで足を運んでいただきたい。
主宰・小池博史さんにインタビューに応じていただきました。
はじめに、パパ・タラフマラや世の中をふくめ30年をふりかえってみていかがですか?
小池 30年で(世の中の)状況はどんどん悪くなりました。80年代から比べると今はかなり面白くなくなった。ポストモダンじゃないけど、大きな物語が全然描けなくなって、狭くなってしまった気がします。単純に詰まらなくなった感じがしますね。箱庭化してきたが、それに気付かないのです。
パパ・タラフマラも30年で活動の幅が広がりましたね。
小池 もともと『百年の孤独』をつくろうと思って82年にはじめたカンパニー。23年目の2005年に一応、『百年の孤独』はつくったんですよ。つまり『百年の孤独』をつくるまでに24年かかった。『百年の孤独』は物すごく多重性があり、いろんなものが積み重なってやっと制作可能になった作品。マジックレアリズムって言われる小説だから、非常に幻惑的だし、現実と非現実の境目なんて全くない。そういうものはどうやっていいかわからなかった。その言語獲得に20年以上かかったってことですね。
一方で、1990年代半ばぐらいからどうも日本では大きな物語みたいなものが全く描けなくなって、非常に狭まってきた。このような状況では『百年の孤独』の制作なんて、完全に時代に逆行することになりますね。物語を謳わない時代に、壮大な物語を提示しようとしているのだから。どんどん時代は狭まっていった。これが、今の時代の流れなんだと。
日本では大きな物語が描くなくなったからこそ、海外に場所を求められたのですか?
小池 立ち上げのときから、ジャンル、民族、宗教、ジェンダーなど、あらゆるものを崩壊していくなかで新しい文化、新しい舞台芸術というものをつくっていきたいと思った。そういう意味では海外に出て行ったのは必然。1991年に初めてのイギリスでのツアーがあったから、約10年もかかって、遅すぎた嫌いすらある。1996年ぐらいからは、ほとんどの作品に外国人が参加している。海外で創る場合もあるし、もういろいろですね。
今回の解散を通して、『新しい語り場の創造』、『新しい考える場の創造』をとうかがいましたが。
小池 3.11が非常に大きい。だんだん思考する範囲が小さくなってきた。そして、状況を見て見ぬ振りをしながら、流されてきたんです。そういう感覚を強く持った。パパタラはこれまで55作品を上演してきたんですが、それまでは作品を創り、見せるなかで出来るだけ多くのコトを感じて欲しいと思ってきた。作品を通して、語り合いコミュニケートできれば、と今までは思ってきたんです。
けれど、もう"舞台で語っていくだけじゃどうしょうもない"と思った。
つまり、"これは何か?"を感じる感性が薄くなって意味を求めるようになってきた。手軽に「意味」を求めてしまう時代・社会になって、感性で包括的に受け取れなくなってきたんです。僕は意味の病が蔓延っている時代だって言っていますが。今までは舞台を見せるコトで、感性に訴えかけてきたけれど、それがなかなか効いていかない。だからそれよりもキチンと"これは何か?"っていうことも含めて、言葉にしていくコトが必要なんじゃないか。見せるだけではなく、≪見せていく柱≫と共に≪語っていく柱≫をつくり、考える基盤をつくらなきゃダメだと思ったコトが大きいです。
だからこそ、パパ・タラフマラの解散に踏み切ったのですか?
小池 一度壊していかないと厳しいのかなと思った。なぜなら、どうしても残す方向で考えると、守りの姿勢が芽生えてしまう。守らず新しく別の枠組を考えていく必要がある。語りを通して、いろんなコトを逆に自由にできるようにする。厳しいことを発言しようとすれば、カンパニーはどうにも重いのです。
解散は必然なのでしょうか?ちがう方法もあったのでは?
小池 手としてはあったかもしれないけれども、いろんな意味で強い提言をしないとダメだなと思った。どうも保守的になっている。強固な保守的な枠組みの中で行なおうとしたとき、それこそ"自分で死んでく"みたいなことをやらないと、どうにも弱い。こんな感触をここ6、7年ずっと感じてきた。3.11が大きなきっかけにはなったんですね。新しいパラダイムにしていかないと、日本は生き延びることができないと思いますね。
今後の動向についてお聞かせください。
小池 11月25日、12月3日とシンポジウムがあり、12月20日に『パパ・タラフマラの30年』(仮タイトル)という本を出版。その後、4作品の公演を行ないます。"何をやってきたか"と問うてくためには、どうしても公演を見せないとしょうがない。だから、ぜひとも観てほしい。観ることでコミュニケートすることが重要なのです。
最後に意気込みをお願いします。
小池 『三人姉妹』は150ステージ以上はやっている作品で、世界中を歩いてきた。『Ship in a View』も世界の有名劇場を渡り歩いてきた。世界の人からはスゴく大きなリアクションがあります。日本国内の作品だけを観ているというよりは、"国際的にコネクトするには何が必要か?"とか"自分たちに何が足らないか?"とかいうコトを認識するためにも、一度、見ておいて欲しく思います。4作品とも作品の規模から雰囲気から、まったく違っていますから、相違を見るだけでも面白いと思います。ぜひ来てもらえると嬉しいですね。
パパタラ ファイナルフェスティバル『三人姉妹』は、12月20日(火)〜22日(木)まで北沢タウンホールで上演される。その後のラインナップとして『島-island』が2012年1月13日(金)〜15日(日)まで森下スタジオCスタジオで、『SHIP IN A VIEW』が27日(金)〜29日(日)までシアター1010で、『パパ・タラフマラの白雪姫』が3月29日(木)〜31日(土)まで北沢タウンホールにて上演される。
「三人姉妹」 (パパ・タラフマラ) の感想・チケット・詳細情報なら演劇ライフ
終演後も感動の余韻が尾をひくように感じた。パパ・タラフマラのパフォーマンスを生で観れるのは最後のチャンスなので、ぜひ劇場まで足を運んでいただきたい。
主宰・小池博史さんにインタビューに応じていただきました。
はじめに、パパ・タラフマラや世の中をふくめ30年をふりかえってみていかがですか?
小池 30年で(世の中の)状況はどんどん悪くなりました。80年代から比べると今はかなり面白くなくなった。ポストモダンじゃないけど、大きな物語が全然描けなくなって、狭くなってしまった気がします。単純に詰まらなくなった感じがしますね。箱庭化してきたが、それに気付かないのです。
パパ・タラフマラも30年で活動の幅が広がりましたね。
小池 もともと『百年の孤独』をつくろうと思って82年にはじめたカンパニー。23年目の2005年に一応、『百年の孤独』はつくったんですよ。つまり『百年の孤独』をつくるまでに24年かかった。『百年の孤独』は物すごく多重性があり、いろんなものが積み重なってやっと制作可能になった作品。マジックレアリズムって言われる小説だから、非常に幻惑的だし、現実と非現実の境目なんて全くない。そういうものはどうやっていいかわからなかった。その言語獲得に20年以上かかったってことですね。
一方で、1990年代半ばぐらいからどうも日本では大きな物語みたいなものが全く描けなくなって、非常に狭まってきた。このような状況では『百年の孤独』の制作なんて、完全に時代に逆行することになりますね。物語を謳わない時代に、壮大な物語を提示しようとしているのだから。どんどん時代は狭まっていった。これが、今の時代の流れなんだと。
日本では大きな物語が描くなくなったからこそ、海外に場所を求められたのですか?
小池 立ち上げのときから、ジャンル、民族、宗教、ジェンダーなど、あらゆるものを崩壊していくなかで新しい文化、新しい舞台芸術というものをつくっていきたいと思った。そういう意味では海外に出て行ったのは必然。1991年に初めてのイギリスでのツアーがあったから、約10年もかかって、遅すぎた嫌いすらある。1996年ぐらいからは、ほとんどの作品に外国人が参加している。海外で創る場合もあるし、もういろいろですね。
今回の解散を通して、『新しい語り場の創造』、『新しい考える場の創造』をとうかがいましたが。
小池 3.11が非常に大きい。だんだん思考する範囲が小さくなってきた。そして、状況を見て見ぬ振りをしながら、流されてきたんです。そういう感覚を強く持った。パパタラはこれまで55作品を上演してきたんですが、それまでは作品を創り、見せるなかで出来るだけ多くのコトを感じて欲しいと思ってきた。作品を通して、語り合いコミュニケートできれば、と今までは思ってきたんです。
けれど、もう"舞台で語っていくだけじゃどうしょうもない"と思った。
つまり、"これは何か?"を感じる感性が薄くなって意味を求めるようになってきた。手軽に「意味」を求めてしまう時代・社会になって、感性で包括的に受け取れなくなってきたんです。僕は意味の病が蔓延っている時代だって言っていますが。今までは舞台を見せるコトで、感性に訴えかけてきたけれど、それがなかなか効いていかない。だからそれよりもキチンと"これは何か?"っていうことも含めて、言葉にしていくコトが必要なんじゃないか。見せるだけではなく、≪見せていく柱≫と共に≪語っていく柱≫をつくり、考える基盤をつくらなきゃダメだと思ったコトが大きいです。
だからこそ、パパ・タラフマラの解散に踏み切ったのですか?
小池 一度壊していかないと厳しいのかなと思った。なぜなら、どうしても残す方向で考えると、守りの姿勢が芽生えてしまう。守らず新しく別の枠組を考えていく必要がある。語りを通して、いろんなコトを逆に自由にできるようにする。厳しいことを発言しようとすれば、カンパニーはどうにも重いのです。
解散は必然なのでしょうか?ちがう方法もあったのでは?
小池 手としてはあったかもしれないけれども、いろんな意味で強い提言をしないとダメだなと思った。どうも保守的になっている。強固な保守的な枠組みの中で行なおうとしたとき、それこそ"自分で死んでく"みたいなことをやらないと、どうにも弱い。こんな感触をここ6、7年ずっと感じてきた。3.11が大きなきっかけにはなったんですね。新しいパラダイムにしていかないと、日本は生き延びることができないと思いますね。
今後の動向についてお聞かせください。
小池 11月25日、12月3日とシンポジウムがあり、12月20日に『パパ・タラフマラの30年』(仮タイトル)という本を出版。その後、4作品の公演を行ないます。"何をやってきたか"と問うてくためには、どうしても公演を見せないとしょうがない。だから、ぜひとも観てほしい。観ることでコミュニケートすることが重要なのです。
最後に意気込みをお願いします。
小池 『三人姉妹』は150ステージ以上はやっている作品で、世界中を歩いてきた。『Ship in a View』も世界の有名劇場を渡り歩いてきた。世界の人からはスゴく大きなリアクションがあります。日本国内の作品だけを観ているというよりは、"国際的にコネクトするには何が必要か?"とか"自分たちに何が足らないか?"とかいうコトを認識するためにも、一度、見ておいて欲しく思います。4作品とも作品の規模から雰囲気から、まったく違っていますから、相違を見るだけでも面白いと思います。ぜひ来てもらえると嬉しいですね。
パパタラ ファイナルフェスティバル『三人姉妹』は、12月20日(火)〜22日(木)まで北沢タウンホールで上演される。その後のラインナップとして『島-island』が2012年1月13日(金)〜15日(日)まで森下スタジオCスタジオで、『SHIP IN A VIEW』が27日(金)〜29日(日)までシアター1010で、『パパ・タラフマラの白雪姫』が3月29日(木)〜31日(土)まで北沢タウンホールにて上演される。
「三人姉妹」 (パパ・タラフマラ) の感想・チケット・詳細情報なら演劇ライフ

コメントする